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“Crossing #4”

キャンバスに油彩, 130.3x162cm, 2020

---絶えず形を変え続ける存在の知覚を描く試み---

 

明日、どんな服を着よう。夜ご飯何を食べよう。例えばこんな些細な日常の選択も、私は私の意志で決定しているのではなく、私の「外」の環境や情報、他者からの意見や他者への憧れや嫌悪によって、決定「させられている」と感じることがしばしばあります。

私と他者との関係の押し合い引き合いのなかで私の一部は外へ放出され、他者の一部が私の中へ入り込み、私の輪郭は常に裏表の反転を繰り返す。

私の「外」と思われるもの全てが私の内に作用され得るものであるなら、私と「外」の境界は曖昧になり、しまいには大きな一つの存在として認識を拡張することができるのではないでしょうか。

 

 文化人類学者のティム・インゴルドは自身の著書で「地面は大地(物質)と大気(媒質)の狭間で絶えず動き続けている」と、環境の構成要素を定義しています。

 この定義を私が感じている存在の知覚に当てはめると、他者と私を分けるものは境界線や自認ではなく、大気が動き、その中で私と他者がそれぞれの意識(知覚世界)のなかで動き続けることによって引き起こされる摩擦に形作られる、不定形な輪郭だと言えるでしょう。 

 

 この、絶えず動き続ける輪郭の変容を表現するために、自身が投げた布の観察から始まり、河辺の石ころへとモチーフは移りました。

分厚い岩盤から崩れ落ちた石は、川に運ばれ砂になり、再び長い年月をかけて岩盤となります。私は学生時代の3年間、この大気や自然のなかで形が形成「させられている」時間性をもった石というモチーフの動きを、二次元空間で可視化する方法を線を使って模索しました。

そして学部卒業後、私の作品はモノタイプの技法を用いて、描くことの時間性と身体性を石が持つ時間性を重ね合わせる手法に発展しました。絵画作品自体をティムインゴルドが云う「地面」として捉え、モチーフが持つ形と私が描くそれらの形はガラスの板という媒介を通します。操作不可能で物理作用に基づいて表出し、重なり合った描画はそれ自体もまた、独立した時間軸を持つものになるのではないかと考察しています。

©misa_shinshi

 
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